秋葉原連続殺傷事件に思う

  • 2008/06/22(日) 11:50:11

学会の帰り道にこのニュースを聞いて、大いに驚きました。

若い女性や年配の男性など、無差別に殺してしまった。自分も通ったことのある道で起こったことだから、正直怖かったですね。
犯人は今時のワーキングプア、というのかな、それとネットに依存していて、自分の気持ちをケイタイから掲示板に書いていたという。
事件後、だれかに聞いて欲しい、止めて欲しかった、ということを容疑者は供述しているようだが。

自分はホームページを始めてから、ネットで日記を書くようになりました。
大学3年の時ぐらいからだから、もう7-8年はたっています。勿論毎日というわけじゃないけど、
節目節目で日記を書くようにしてますので、書くときはものすごい量を書いていたかも。

日記(ブログ)を書く目的は?と聞かれると、はじめは同じように福祉の勉強をしている学生のつながりが無かったので、それを広げたい目的で、そして後から同じような道を進む人たちに役立てるため。
自分のことを誰かに気にかけて欲しい、ということは否定しませんが、
実際は気心知れた人にしか日記の存在は伝えませんでしたし、今もそれは同じです。
職場の一部の人、たまに熱心な実習生さんに教えることもありますが。そんなもんです。

あんまりアピールしすぎると、自分の書いていることに対する説得力が薄れてしまうと考えていますので。
また好きなように自分の意見が書けなくなる、かもしれないので。後は口コミで広がればいいと考えています。

この容疑者は、ネットで自分が苦しいことを訴えたかったのかな。だけど、同情はするけどそれに対し返事をするかと言えばしないだろうな。
自分の訴えを聞いてもらうためには、どうすればいいのか。そこんとこを考えたどうか、だな。
結局聞いてもらえなくて、その理由を社会のせいにしてしまい、あんな凶行に走ってしまったわけだ。

自分の考えが通らないとき、誰かの責任にするのは簡単だよね。自分の場合は、自分のせいにして、いかにして説得力を持たせるか、じゃあ人に信頼してもらって、意見を聞いてもらえるような人間になろう、例えば表情だとか言葉使いだとか、日頃の態度とか、いろいろ工夫しようなんてことを考えるわけだが。
人の責任して、自分は何もしないとなれば、その人はただ待つだけで努力も何もないわけだからね。
考えられなければ、人に聞くとか、本を読むとか、知識を補うこともできるはずだけど。
プライドが高くて、それもできないようだったら・・・

あとネットの世界はそれほど優しくはない。乱暴な返信の方が多いときもある。批判だって、匿名でやればいくらでも書けるし。現実世界と区別する必要があるよね。

最後に、この事件を防げたか、についてはこの書き込みが出た時点で何かしら警察が動いてくれれば良かったんだろうが。これは今もこれからも人の善意の報告によるんじゃないかな。
同じように無差別殺人を書き込んで逮捕される輩が今もいるけれど。機械的に書き込みを防ぐのは簡単じゃないからなー。(いろいろ対策してもその上を行く奴が生まれる、いたちごっこだ)

やっぱ大切なのは、何が正しいかを見極める力だと思う。
ネットの恐ろしさを以前ブログでも書いたけども、情報は速い多い反面、何が正しいかわからないことがある。公然と間違いを教える輩だっているからね。

それを養うためには、本とか新聞を読むこともそうだけど、それに対して自分はどういう意見なのか。反対なら、なぜ反対なのか。自分の中で理屈を付けて説明できるか。

できない人も勿論いると思うし、別になることが強制ではないけども。

誰にでも誇れる「I」という存在を、成しえるためには不可欠じゃないかなと思います。



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